プライム市場への移行を4月に控えて、社外取締役に求められることを改めて考え直す
2022年4月から東証の3市場が再編され、新たにプライム市場が生まれる。それに先立って2021年6月にはコーポレートガバナンス・コードの改定が行われ、企業統治のあり方の見直しがなされた。
企業統治に関する話題の中でも社外取締役についての話題は弊社株式会社エグゼクティブ・ボードが大きく関わる部分として引き続き注目をしているポイントである。
これを機に改めてどういったルールを背景に社外取締役は役割を持ち、何を求められているかを考えてみたいと思う。
ある新聞記事での問題提起
かねてから上場企業による粉飾決算などの不正が問題視されており、現在では企業統治に外部からの目を入れる名目で監査役、そして取締役会のなかに社外取締役を置くことが以前よりも存在感のあるテーマとして扱われることが増えてきている。
それに関連して2月末にある新聞社が書いた記事を見つけた。内容は以下のようなものだった。
・株主からの社外取締役人材の提案を断る企業が増えている
・その理由は取締役会内で株主側に与する人材の増加に歯止めをかけ取締役会の「客観性」を保つべきであるという考え方である
・しかし、逆に企業側が提案する社外取締役に「客観性」がある保証はどこにもない、その証拠に今も不祥事は起き続けている
・いっそのこと社外取締役に求める資質を「客観性」ではなく「ものが言えること」にするのはどうか
・実際に海外企業では地域や従業員の代表が取締役にあたる地位に就き利害関係者の主張を代弁している
果たしてこの記事の内容は当を得ているのであろうか。
ここからはまず日本の取締役が求められていることの法的根拠や金融庁の策定したコーポレートガバナンス・コードを示し、その後上の主張を検討していきたいと思う。
社外取締役の「役割・責務」の法的根拠
社外取締役とは取締役と共に取締役会を組織し企業の事業運営に責任をもつ集団の一員である。
そのため社外取締役の義務を規定するにはまず取締役そのものの義務をを調べる必要がある。
取締役の「役割・責務」は会社法と民法によって規定される。
会社と取締役の関係は雇用ではなく、会社法330条の規定により、「委任」とされているため、委任に関する民法644条(善管注意義務)の規定が適用される。
善管注意義務とは、「善良なる管理者の注意義務」の略であり、取締役に対して課された義務である。会社は取締役に調査・検討そして判断等の業務を委任する。これに対して取締役は良識と高度の注意をもって、業務にあたらなければならないと規定するものであり、当然ながら取締役の名がつく社外取締役も善管注意義務や監視義務を負う事になる。
これだけでは調査・検討そして判断等の業務における「良識と高度な注意」とは何かという解釈で取締役の「役割・責務」の解釈が変わってしまうため社外取締役の「役割・責務」について述べるにはまだ情報が不十分である。
コーポレートガバナンス・コードが求める社外取締役の「役割・責務」
では、2021年6月に改定されたコーポレートガバナンス・コードでは社外取締役の「役割・責務」についてどう述べられているのだろうか、原典に当たって見ることにする。
留意したいのはコーポレートガバナンス・コードは違反に対しての罰則が存在せず、「コンプライ・オア・エクスプレイン」(原則を実施するか、実施しない場合にはその理由を説明するか)の手法が採られ、コードの各原則を実施しない場合にはその理由をガバナンス報告書において説明することが上場規則で求められており、実施しない場合の理由の説明を行わない場合には公表措置等の対象となる可能性があるという点である。
しかし、これは「あるべき姿を記載したもの」であるが、説明がない場合に公表措置を採られるという点では一般株主の企業評価に影響を与えることを鑑みると実質罰則がある規則だと考えられる。
5つの原則を持つコーポレートガバナンス・コードから、社外取締役に関係のある第4則を以下に抜粋する。
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【取締役会等の責務】
4. 上場会社の取締役会は、株主に対する受託者責任・説明責任を踏まえ、会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し、収益力・資本効率等の改善を図るべく、
(1) 企業戦略等の大きな方向性を示すこと
(2) 経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行う こと
(3) 独立した客観的な立場から、経営陣(執行役及びいわゆる執行 役員を含む)・取締役に対する実効性の高い監督を行うこと
をはじめとする役割・責務を適切に果たすべきである。
こうした役割・責務は、監査役会設置会社(その役割・責務の一部は 監査役及び監査役会が担うこととなる)、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社など、いずれの機関設計を採用する場合にも、等しく適切に果たされるべきである。
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取締役会のあり方をコーポレートガバナンス・コードに準拠するのであれば前述した民法644条(善管注意義務)における「良識と高度な注意」はコーポレートガバナンス・コード原則4の(3)の「独立した客観的な立場」を持つことと言い換えられる。
客観的と独立については混同されやすい側面もあるため言葉の定義を明らかにしておこう。
客観的・・・特定の個人的主観の考えや評価から独立して、普遍性をもっていること。(広辞苑)
独立・・・単独で存在すること。他に束縛または支配されないこと。ひとりだち。特に、一国または団体が、その権限行使の能力を完全に有すること。(広辞苑)
客観的とはものの見方や考え方が主観的ではなく普遍的であること、独立とは他者に支配をされないことである。
弊社が独自に調査をした結果、上場企業の中で社外取締役における独立社外取締役比率は90%を超えており、取締役会の中に独立社外取締役を少なくとも3分の1入れることも求められており、この流れは続くものと考えられる。
そのため独立社外取締役について言及した原則4-7を以下に抜粋する。
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【原則4-7.独立社外取締役の役割・責務】
上場会社は、独立社外取締役には、特に以下の役割・責務を果たすことが期待さ れることに留意しつつ、その有効な活用を図るべきである。
(ⅰ)経営の方針や経営改善について、自らの知見に基づき、会社の持続的な成長を促し中長期的な企業価値の向上を図る、との観点からの助言を行うこと
(ⅱ)経営陣幹部の選解任その他の取締役会の重要な意思決定を通じ、経営の監督を行うこと
(ⅲ)会社と経営陣・支配株主等との間の利益相反を監督すること
(ⅳ)経営陣・支配株主から独立した立場で、少数株主をはじめとするステークホルダーの意見を取締役会に適切に反映させること
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独立社外取締役は取締役会の責務である「独立した客観的な立場」を持つことに加え「経営陣・支配株主から独立した立場」を求められていることがわかる。
つまり、より一層の「独立性」を求められているのが社外取締役という存在なのである。
社外取締役に求められる「役割・責務」は「ものを言うこと」なのか?
冒頭であげた新聞記事に話を戻す。主張では
・いっそのこと社外取締役に求める資質を「客観性」ではなく「ものが言えること」にするのはどうか
とのことであった。
しかしここまで見てきた中で社外取締役に求められる役割は「客観性」と不可分のものであるため、この点を否定することは企業統治の考え方を根本から否定することと同義である。
本来問題にすべきは社外取締役各々の「客観性」を守るために、どう彼ら彼女らの「独立性」を担保するのかと言う点である。
独立性が保証されていなければ「客観的」に振舞いにくいことも「ものを言う」ことが難しいことは想像に難くない。
今後の日本の企業統治をより良いものにするためには「独立社外取締役」の割合を増やしていくとともに、その定義を都度考え直すことが必要となってくるであろう。