ディスクロージャーワーキング・グループでの議論
ディスクロージャーワーキング・グループとは金融庁金融審議会の分科会で、金融担当大臣の諮問を受け、有識者がディスクロージャー(企業内容等)開示制度の在り方について検討する組織です。
2022年3月24日に第7回となるディスクロージャーワーキング・グループが開催され「サステナビリティ開示全般・気候変動に関する開示」と「人的資本・多様性等に関する開示」について議論されました。
(参考:https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/disclose_wg/siryou/20220324/01.pdf)
今回はそのうちの人的資本・多様性等に関する開示にクローズアップして本レポートを土台としながら社外取締役との関連性を書いていきたいと思います。
人的資本開示の方向性を決定付ける重要な発言
2022年1月17日に行われた第二百八回国会での内閣総理大臣施政方針演説にて岸田総理が以下のような提言を行いました。
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三 新しい資本主義
成長と分配の好循環による持続可能な経済を実現する要となるのが、分配戦略です。 (人への投資)
第二に、「人への投資」の抜本強化です。 人的投資が、企業の持続的な価値創造の基盤であるという点について、株主と共通の理解を作っていくため、今年中に非財務情報の開示ルールを策定します。
あわせて、四半期開示の見直しを行います。
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「人的資本経営とその開示」については資本市場でもスポットライトが当てられているトピックスであり、これを契機にさらなる変化が予想されます。
人的資本への投資は儲かるのか
研修や人事政策について、財務的なパフォーマンスとポジティブな関係があるとの論文が多くみられる
財務的なパフォーマンスとポジティブな関係があるとしたのは、92件の論文中、67件(約73%)。一方、 ネガティブな関係があるとしたのは1件のみだった。
人的資本開示に関する有識者の意見
人的資本の開示を今後どのように進めていくべきかを考える上で2014年にまとめられた「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の 望ましい関係構築~」プロジェクト(通称:伊藤レポート)の座長である伊藤邦雄(一橋大学 CFO 教育研究センター長 )を座長として2022年2月1日に開催された内閣官房「非財務情報可視化研究会」第1回での人的資本に関する開示に関する意見からいくつか抜粋してみる。
大まかにまとめると、公開すべき指標はそれがアウトカムにどう寄与するかを記載すべきであり、その指標は画一的なものでなくても良い。ただし重要なことは現在の人的資本の状態を示すものと経営の意思でどのように人的資本を育てようとしているかの二点に言及することである。ということである。
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・人的資本への投資の重要性が指摘されているが、インプットのみを充実すればよいわけでは なく、投資家はアウトカムを求めている。アウトカムを生み出す仕組みとそれに必要なインプット がわかるように説明することが重要。
・人的資本の開示においては、重要なことが2つある。1つ目は、人的資本の状態を示すもの。2つ目は経営の意思でどのように人的資本を育てようとしているかである。
・人的資本の指標については、法制や環境の違いから、国により重要性が異なる場合がある。 米国ではエグゼクティブレベルのリーダーシップデベロップメント、タレントデベロップメント、報 酬が重要だが、日本では、人材育成、衛生・安全・健康、従業員エンゲージメント、ダイバーシ ティ、DX人材の確保、といったものが候補になりうる。
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人的資本開示の海外事例 〜英国の場合〜
2020年1月に英国財務報告評議会(FRC)が従業員の開示に関する報告書を公表し、従業員の開示に対する投資家のニーズ、そしてそのニーズを満たすために企業に期待される開示内容を開示例も用いて解説した。
英国と日本では環境が異なるため全てが参考になるわけではないが、大きな方向性は一致するであろう。
その解説は、TCFDの4つの柱(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)に概ね沿って説明されており、特にガバナンスについての記載部分が取締役会との関係が深く、その点を抜粋する。
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ガバナンスと経営に分類される、従業員に関する開示の内容
・取締役会による従業員関連事項の監督、及び従業員にどう関与しているか
・従業員に関する課題の検討や管理における経営者の役割
・取締役会による従業員関連事項の検討が、戦略的意思決定にどう影響を与えるか
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上記のように「従業員への関与」について記載を求められることが特に注目すべきポイントだろう。
社外取締役として求められるであろうこと
社外取締役は割ける時間が限られていることもあり、社内の取締役が従業員にどう関与していくかという議論を行うことが現実的だろう。
ただ、2020年に経済産業省が策定した「社外取締役の在り方に関する実務指針」の「社外取締役の声」の中で、以下のような声が上がっており、社外取締役としての従業員とのコミュニケーションも今後は増えていくことが予想される。
・取締役会メンバーの一層、二層下くらいの執行役員、部長などとコミュニケーションネットワークを構築するように心掛けている。
・社員の方との接点が重要であり、従業員や中間管理職の方と接する場があれば積極的に参加するようにしている。
・過去の不祥事の際に取締役会に情報が上がってこなかったことへの反省から、現在は、現場の重要な情報がいかに取締役会に上がってくる仕組みを作るかというところで苦心している。